こやすのうつぼの思う壺

今日一日の自己満足を綴るブログ

カテゴリ: マンガのこと

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登場人物を考えてる時が一番楽しい。

学習漫画のネームを描く気にならず、とりあえず

新作の準備をすることにした。

気持ちの入り方が違う。他の事に逃げたいと思わない。

不思議だ。



つい最近面白い動画を見つけた。

マチェーテかスキのような道具1本で木や竹を植物のツルで組み

建物だったりプールだったりを図面もなくせっせと作っていくのだが

とにかく原始的でまさにリアルマインクラフトなのだ。

これを観ると道具はなくとも手がいかに重要かよくわかる。

「病室で念仏~」描いていた時もオペシーンでは

止血や膜を割くというか開いたりは道具は使わず手でやる。

手に勝る道具はないとものすごく思う。

また図面もなく思い付きで作るってのが面白い。

世界中にある古代の遺跡は何らかの根拠があって作られたものが

ほとんどかと思うが、なかには特に考えもなくこんなものがあったらいいなという

思い付きで作られたものもあるんじゃないだろうか。

それを現代人が一生懸命研究しているのかと思うとちょっとおかしい。

ちょっと長めの動画なのだが、ぜひ見て欲しい。










Minecraft (マインクラフト) - Switch
マイクロソフト
2018-06-21





ここに来て一章のネームまんま直しって勘弁してくれよッ。

そりゃ私の提案した話の方が面白いだろ、だが

シナリオ丸々変えていいなら2カ月無駄にする前にもっと早く言ってッ!!

そもそもシナリオの意味ないっ!!

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こんなモンで騙されんぞ!!

ハヤクシンサクカキタイ!ハヤクシンサクカキタイ!ハヤクシンサクカキタイ!

この仕事、もう少し考えて受けるべきやった・・・







実際に存在した人物や出来事を描くとき

小説や漫画では史実と異なる創作したストーリーが盛り込まれることがあるが

学習図鑑には、人物であればその人の生来の性質をなるべく史実や

日記から読み取り忠実に描こうとする。

シナリオも作画も目標は同じなのだが、なぜかシナリオは出来事には忠実なのに

キャラクターがこれじゃない感がままある。

主人公が例えば勝気な性格であれば、ボスキャラが目の前に現れ

「そこをどけ」と言われた後すごすご道を開けたりしないだろう。

私なら胡坐かいて「どかっ」と目の前に座るぐらいのキャラにする。

それが噛み合わないとセリフまでおかしくなるし

史実と違う人物にしか見えなくなってくる。

もっとこうすれば面白くなるのにっていう事がよくあるし、

自分ならこの部分よりこっちの部分が知りたいってなる。

折角シナリオがあるんだから素直に描きたいが、こうじゃないんだよなと思うと

とたんに描きたくなくなってしまう。自分が面白い方がペンは進む。

しかしあまり変えすぎてもシナリオ描いた人に悪いって思いがあり

全くネームが進まない。



余談だが、まあ、今だから言うが相棒のコミカライズは

1巻が初版はテレビ局が「原案」となっているが、

それ以降は「原作」となっている。

テレビ局側からの話では、杉下右京と割烹屋の女将のたまきが元夫婦であるが

着かず離れずしていて、薫と美和子は普通の同棲カップルで

そこはドラマ通り頼むよ、と言う約束で出版社からは漫画のストーリーは

ある程度いじって良しと言う話だった。

テレビの矛盾点は今のところおかしくないか?と疑問に思っても

多くの人はVTRに録って検証したりしないが、

漫画だと簡単に読み返しが出来てしまう。

そういう部分が矛盾しないように漫画では描く必要があったし

ドラマは連続した視覚からエピソードなり情報を流せば簡単に説明ができるが

漫画はそうはなかなかいかなかったりする。

セリフで説明する必要があったりする。

それで「原案」だったと思うのだが、

ある日脚本家サイドからあまりにもストーリーが

違い過ぎると「原案」を「原作」にしてくれと言うクレームがあり

2刷からは原作となった。

私から言わせてもらえば、ドラマと漫画が違い過ぎて嫌なら原案と言う説明の方が

よくね?と思うのだが、どうなのそれ。




自分も曲がりなりにも漫画家と名のる以上ストーリーやキャラは

作り、より面白い方に気持ちが傾くわけで今回の仕事で自分はやはり

シナリオのある仕事は性に合わない事がよくわかったよ、って話。

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夢見12月7日まで見れるよ。













昨今、漫画の作画はデジタルが主流になりつつあり

紙原稿は風前の灯火のように感じる。

斯くいう自分もいまだに紙原稿である。

(厳密にいうと色原稿と看板などの写植や回想などの加工はデジタル)

デジタルはベタ(黒く塗る)の塗りつぶしや修正、コマの拡大、コピーペースト、

ワクを引いたりするにはとっても便利で合理的であるけど、

スクリーントーンだけはデジタル処理された部分が印刷されたものを見ると

何だかのっぺりしていて味気なく感じている・・・


アナログで描く漫画はなんだかんだ道具に金がかかりすぎる。

だから初期投資に経費は掛かるが皆デジタルに移行するのはとっても納得できる。

毎回使うペン先も使い終わったら捨てるだけなのにとっても高い。

いつも100本まとめて購入しているが、Gぺんだと1本約64円、

丸ペンだと112円もする。

自分の場合、Gペンは1本の作品に4~6本、丸ペンは4~5本使う。

インクやカッターの刃も原稿を描く度消費される。

その中でもトーンは格段に経費が掛かる。

メーカーにもよるが自分が好んで使っているのは、ICスクリ-ン。

粘着力が程よく、薄さも好み。

1枚定価528円でショップによって430円前後で販売されているが

価格は昔から高かった。

ネットショップがなかった頃はわざわざ交通費を掛けて遠くの画材屋まで

買いに行かないとならなく、希望の番数が売り切れてなかったりすると

日を改めて買いに行かないとならなかった。

そして今よりもずっとパターンは少なく

アミと呼ばれるドットのシールぐらいしかなかった。

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〈分かりづらいがアミのトーン。自分は60~65を使用している〉



だから昔の作家は何でも手描きで点描やかけ網、かけ網の応用のもの

服の柄まで全て手描きだった。

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〈フリーハンドだがこんな感じで自分で描く〉


蛇足だがちょっと昔、子供のなりたいナンバーワン職業が漫画家という時代に

トーンはものすごい勢いで様々なパターンが横行しており、

車や教室、モブやビル群などなど使い勝手が困りそうなものから

花や柄物も多く見掛けるようになると、今まで手描きで効果や柄を描いていた

作家さん方が蛇蝎のようにこれを嫌い、これくらい描けと口にしていた。

昔はトーンを使わない事に美学的なとこがあり、何でも書くことが

当たり前の時代だった。

少年誌や少女誌は最たる例で白っぽかったり黒っぽかったり両極端だった。

トーンはPhotoshopのグレースケールのような存在なのでトーンを貼ることで

モノクロが中和される印象がある。質感がリアルになる。

自分はグラデーションや雲のトーンはとても重宝していて

とても便利と感じている。



話はさておき、トーンは1本の作画に何十枚も使う。

数えたことはないが、1枚1枚袋に入っておりそれが毎回ものすごい量出る。

使い残したものはトーンケースにそのまま保存しているが、

中には袋に戻している人もいる。

理由はシールなので衣服などから出る小さな繊維やトーンの削りカスの付着を

防ぐためだが、これが本当に厄介で、原稿に貼り終えた後にそれに気付くと

目立たぬ大きさなら無視するが色がついていたりすると気になるので

原稿からトーンを丁寧に途中まで剥がしその繊維を取ろうと苦心する。

しかしトーンの削りカスはきれいに取れたためしがなく汚れるので

私の場合最初から貼り直す。

この削りカスがめちゃくちゃ厄介な奴で、とても軽く簡単に空気中を舞うので

根拠はないが鼻炎の原因になっていると自分自身は考えてる。

その対策としてトーンは削ったらすぐさま練りケシで回収する。

また布の裁断のように必ず余るところが出てしまう。

端切れのように細かいところに使っても余ってしまう場合も多く

その際は捨てるしかない。

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〈捨てるトーン〉

ケチってまた使うかもしれないと台紙に貼り付けていても

結局使わない。

人によってはトーンの余りを出さないために台紙とトーンの間に原稿を挟んで

カッターでカットしている人もいるがそんな器用さは自分は持ち合わせていないし

原稿に余計なゴミでもついていればトーンに粘着することは必至で

合理的かもしれないが進んではやらない。

そして一番の困り事は細かいトーンカスがフローリングや

靴下の足の裏部分、スリッパなど気付かぬ内に貼り付いていることがよくある。

これがまたびっちりくっついてなかなか取れない。

腕にくっついている時もあり気付かず外に出てしまうこともある。


使いもしないような効果や柄などのトーンを買ってしまいがちで

大体は使わずトーンケースで何年も眠っている。

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〈こんな柄まで最近はある〉


トーンを駆使する人は重ね張りをする。

質感を出し奥行を出すために使用するが、

アミには線数と言うのがあって線数が合っていないと重ねた時に

モアレ(模様)が出来る。全くもって厄介極まりない。

う~ん。ここまで書いてトーンのイイ所がない・・・


〈結論〉

作家の手間を省くいい素材である。

また人物の周りにトーンを散らすことで感情が増幅され

相乗効果があるが、高価なのでケチって使いがち。

だからデジタルに乗り換える人がほとんど。



自分はペンタブも作画ソフトも持っているけど気後れしている理由は

アナログの方が断然速いから。それと前述のデジタルの

のっぺり感なんよねぇ・・・

















『病室で念仏を唱えないでください』が出来るまで。



いろいろ取材を受けた際に話してきたので今更感があるが、

漫画タイトル然り、とても長い経緯があり描こうと思って

温めてきた作品ではない。

2007年にビッグコミックオリジナル増刊号で描いた「M.D.」という作品が

前身といや前身で「あおば台病院」という病院名はここから取った。

それでもって「M.D.」というのは、どういう作品かと言うとやっぱり救急医の

話で、一旦サラリーマンとして働いていた人間が

おじさん研修医となり癖の強い救命救急センターで働くという話なのだが、

この話、実はさらに遡ること2、3年前に描いたネーム(漫画のラフ画)だった。

当時の副編集長が捨てずに大事にとっておいたようで急に描かないかとという

連絡が当時の担当編集さんからあった。

ちょうどその時私は女性誌の「YOU」でこれまた救急医の連載を

始めたばかりだったが描かせてもらえるならと、まず女性誌に許可を取り

押し入れの奥に眠っていた「M.D.」の古いネームを探し出し

オリジナル増刊に30ページの読み切りを描いた。

しかしこの作品がいろんな方向に功を奏した。

人生、一寸先は何が起こるか本当にわからない。

このオリジナル増刊で自分の描いた「M.D.」と他二作品の中で

続編が読みたい作品はどれかという読者アンケートでトップを頂いたと聞いた。

ただしこのアンケートの結果は、増刊号だしすぐには出てこない。

その間にこの「M.D.」を読んだスペリオール編集長から

「相棒」コミカライズの大きな話が舞い込んだのだった。

「M.D.」続編を考えてくれていた副編には申し訳なかったが

人気ドラマだし原案付きだし、キャラは出来ているし

このビッグウエーブに乗らない手はない。

当時は映画の宣伝の為のもので1巻で終わるはずだったが、

ドラマは徐々に視聴率を伸ばして空前の大ヒットとなり関連商品が売れに売れ

あれよあれよと12巻まで続いた。

しかし、そう言った利権が絡むと映像会社とテレビ局との版権やら

いろんな問題で度々ごたついたのと

売れない雑誌の生き残りをかけた改編であえなく終焉を迎えざるを得なかった。

連載が終わった後のことなど全く考えてなかったし、完全にバーンアウト状態で

進まぬペンにイラつきながら最終回までのらりくらり描くしかなかった。


そんな折、「M.D.」を描かせてくれた副編がビッグコミックの編集長となり

連載が終わるならうちで医療物を描かないかと声を掛けてくれたのである。

ところが、それはそれでとっても複雑な気持ちだった。

この相棒を描いている最中、女性誌のYOUでも「誰にも等しい明日」という

救急医療物をずっと描いていた。

単行本は1巻しか出してもらえなかったが、実際は単行本4巻ぐらいは描いており

自分の中で描き切った感があった。

医療物が好きなのではなく、生かすか死なすかの駆け引きがあり

所見や検査データで病態や異状のある部分を明らかにしてゆくのは単純に面白い。

ただ症例を探したり考えたりするのは大変だし、調べるのにも相当時間が掛かる。

今だからSaO2が何なのか、除脳硬直が何なのか医療者ほどの知識はなくとも

理解できるようになったが、まだ最初の頃は症例読むだけで始まりから終わりまで

検査値やアルファベットでの略語など用語を調べ

ストーリーの中で表現はしなくともこの病態になるとどうして他で合併するのか

敗血症とSIRS 違いは何なのか自分が頭の中で納得、理解するまで

作画は先に進めない状態だった。

何よりも毎回ゲストとなる患者の設定を考えねばならなく、生死がストーリーを

左右するため男にするか女にするか老人か子供か職業は何か家族はどうするか等

自分で取り決めるのだがそれが途方もない労力なのだ。

下描きになってまで悩むことは多々あるし、

ペンが入ってから丸々直すこともよくあった。


そういった経緯があり医療物は苦労するのが目に見えているので

生活しないとならないという現実と、でも出来れば描きたくないという

気持ちの葛藤が大いにあった。


当初、編集長との打ち合わせで話があったのは先述の「M.D.」の続編だった。

ネームを描いた当時は、単におじさんが研修医って面白いと思っていたが

打ち合わせのちょうどその頃、フジテレビでサラリーマンだった人間が

医師になったというダダ被りのドラマを始めようとしており、

ネタはこちらが明らかに先だが真似と思われるのが嫌だよね、となり

その話はなくなった。

次に緩和ケアの医師の原作付きをやろうという話が出たが、これもうやむやの内に

無くなった。相棒の連載もまだ続いており、

忙しい中何度も編集長と打ち合わせたがなかなかこれと言ったアイデアはなく

しまいには、相棒のスピンオフで米沢の事件簿もビッグコミックで

漫画にしたのだがこれの続編をやろうか等の話まで出た。

当然、また権利関係で揉めるのが明らかだったので

この話はすぐ無くなったのだが。

そうこうしているうちに担当が付いて初めて3人で打ち合わせをした日、

まーとにかくいろいろな話をしたのだが、医療物を描くことは確定しており

あとはどの分野にするかとか主人公をどうするかだの

いろいろ話を摺り寄せるのだが

これと言った決定打もなくだらだらと時間は過ぎていった。

その時何かの話の中にたまたま編集長が取材されたお坊さんの話をされた。

何の気なしに聞いていたのだが、待てよ・・・医者が僧侶なら面白くね?となり

お坊さんでお医者さんっているんですかね?と話の腰を折って割って入った。

すると急に僧侶の話で盛り上がり、葬式仏教しか知識のなかった自分は

人の死を弔うための僧侶が命を救う医師なら面白いと直感したのだった。

少し光明が見えてきていろいろ調べていくうち僧医の歴史に辿り着き

理に適っていたことが分かった。

また取材を重ねるとお坊さんで医師はあっちこっちにいて自分の中では

その存在自体は特別なものはなく当たり前なものに思えるようになってきた。

こうした紆余曲折を経て出来た作品だが、案の定やっぱり苦労は多かった。

医療の知識だけではなく仏教の知識も必要となり、

髪を掻きむしりながら描いていたし

主人公・松本照円も全く動かぬキャラで苦労した。

よくモデルはいるのか聞かれるが、モデルはいない。

でも、いたらたぶんもう少し楽だったかもしれないなぁ。

むしろ、濱田や藍田のようなひねくれている性格の方が人物は描きやすい。


しかしもうそう言えるのもラスト1話になった。

本当なら六道の6巻で切りよく終わりたかったが、映像化の話が入りそうも

行かなくなってしまった。

取りあえず頑張るべ。

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結局完徹やん。ちょっと眠くなってきたわ。
























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発売します、というお知らせから、かれこれ何年経過したか

思い出せないがようやく届いた。

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中身はこんな感じ。



今日ドラマでやる5話目の話は、できれば2巻に収録している話をやってから

ドラマに入れて欲しかったというのが本音。

5話のような話は本来受け皿になるのは救急だが、

その空間には人工呼吸器も胸骨圧迫もない。

尊厳を受け入れられた死だからだ。

全く何もわかっていないな・・・

脚本チェックも、オリジナル色が相当出てきたしチェックしたところで

無視されて受け入れられないのでしていない。

6話目に関しては閉口する。

映像化ってこんなもんなんだな。



<追記>

あ、そうそうTwitterも近々止めます。

フォローしてくれた方々、ありがとう。









『ドラマより原作の方が面白い』という感想が散見された。

作家としてはとても嬉しいのだが、ドラマはその原作の看板を

背負っているので複雑な気持ちになる。

とは言え、言いたいことはよくわかる。

原作の世界観を壊さずに実写を盛り上げて欲しいと願っていた。

例えそれが思っていたものでなくとも、いい方向に

期待を裏切れば作家もファンも納得するのに

ちょっとそうじゃないから困惑する。

映像化が具体的になった際、自分はそういった多大な期待があったが、

ことごとく霧の中にいるような状態になった。

きっとファンの方々も似た気持ちに違いない。

まだ始まったばっかりでこんな後ろ向きなことを言っても始まらないが

再三再四、「面白くしていただけるのであれば」と折れてきた。

いじるだけいじって終わりではなくそう来たかと、作家も原作ファンも

唸るくらいのものをぜひ見せて欲しい。













原稿をデジタルにしようかものすごく悩んでいる。

ペンタブや作画用のソフトは持っているし、PCも買い換えたし

コスト的に考えると断然デジタルなのだが、味がなくのっぺりとした質感や

細かい部分を大きくしての処理とか作業時間等考えると

紙原稿から移行することを考えあぐねる。

デジタルにすれば、今まで使用していた

原稿用紙やインク、ペン先やミリペン、修正液、消しゴム、

スクリーントーンなどの経費をかなり抑えられる。

漫画の道具は地味に高いし消耗も激しい。

資料代が高くつくだけにやっぱり抑えられるところは

抑えたいのが本音である。

中でも消しゴムの消費量は半端じゃない。

ネームから始まって原稿を書き終えるまで約3個消費する。

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現在仕事で使う消しゴムはこの3点
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普通の消しゴムと練けしと細かい部分を消す消しゴム。

練けしは作画の際もごくたまに使うが、主に使っているのは

トーンの削りかすを回収する用。

本当に大変なのは、ペン入れが終わり原稿に入った下書きの線を消す時。

真夏は冷房が入っていても汗をかきながらだし

手首に力入れながら消すので手首は痛いし、

消しかすは定規の下や原稿用紙の下に潜んでいたりして邪魔だし

消しゴムかけは本当に大変である。

いまどき学生だってこんなに消しゴムは使わない。

デジタルなら下書きのレイヤーをゴミ箱に捨てるだけで済むというのに

この消しゴムときたら消しカスしか生まない。




ネームの時はB4のコピー用紙を真ん中半分に折って、

見開きページで描いているのだが、1ページ丸々直す時に

真新しい紙に変えるか消しゴムで全部きれいに消すかすごく悩む。

コスト的に考えると消しゴムの方が高いに決まっているが

貧乏性で紙がもったいないと思ってしまったりする。

そんでもってコピー用紙は薄いので消しづらく幾度となく

紙にしわがよる。原稿用紙でそれをやると自分に腹立つ。

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こうして消しゴムの頭が真っ黒になるのが嫌いでいつも余白で

白いところが出るまで消すのでさらに無駄が出る。

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梅雨の乾燥しづらい時期はインクの渇きが遅く

乾いてそうに見えて乾いていないのでうっかり消しゴムをかけたりすると

家中に悲鳴が響き渡る。


消しゴムはやはり角が好きだ。

小さくなるにつれ消しづらくなるのでなるべく水平に消すように使う。

そして小さくなった消しゴムをいつ捨てるのか悩む。

昔、知り合いの作家さんにいつまで使いますかと聞いたことがあるが

人によってまちまちだ。

以前うちに来てくれていたアシスタント君は小さくなった消しゴムを

瓶の中に集めていた。どうするのか聞いたが明確な答えはなかった。

自分の指標は親指と人差し指と中指で持った消しゴムが

中指で持てなくなったらかな。あまり小さいと力も入りづらく

消す面も小さいので消し残しが多く効率が良くない。

そしてよく無くなる。仕方なく新しい消しゴムを使うが

原稿が終わり片づけているとひょっこりと出てくる。


おろし立ての消しゴムで消す時に最初のスイングで大好きな角がボロッと欠けると

髪を掻きむしって悲観する。

梅雨の水分を含んだ原稿用紙のシャーペンの線は消えにくい。

消しゴムでさえも消せないので梅雨は嫌い。


こうして日々、消しゴムと悪戦苦闘を繰り返しながら原稿を描いている。



<結果>
カスにしかならない消しゴムだが、たとえデジタルに移行したとしても

やっぱりネームは紙で起こすよな。

扱いづらいやつだが無くてはならない仕事の道具だ。

それにしてもデジタル化は悩ましい・・・

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拙著の作中には、友人や知り合い、編集者が

たびたび登場人物として登場する。

描くからね、と許可を得ているものもあれば

こっそり描くこともある。

名簿やら大量に名前が欲しいときなどもよく使わせてもらっている。

念仏に出てくるこいつもその一人(?)

紹介します、かーこです。

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かーこは2羽いてどちらの名前もかーこ。ツガイかどうかはわからない。

出会いは約5年前、春はまだ遠く風の冷たい3月だったと記憶する。

川で犬の散歩中出会った。

この辺に住む野鳥のヒドリガモやユリカモメに餌付けしている人がいて

そのおこぼれに鳩やカラスが寄ってきてあまり人を恐れていない。

ある日いつものように川で犬の散歩をしていると

野蒜(ノビル:根がラッキョウのような食用の野草)が

大量に生えていて私はそれをほじくっていた。

その近くにかーこがいた。

草むらで餌を探していたのだが、まだまだ寒い日が続いていて

餌となる虫の収穫もない。

気の毒に思い、ほじくったノビルの近くにいた甲虫類系の幼虫を

コンクリートの上にポイポイ2匹投げてみた。

食べないと思ったらなんと食べたのだ。

それからさらに続けてほじくって虫を探しポイポイ投げた。

食べる食べる、よほどお腹が空いていたのか犬を怖がる様子もなく

7,8匹探して全部食べた。

それからというもの散歩の最中、彼らの食事の時間によく会うようになった。

気候が暖かくなると犬のしっぽの毛を引っ張っていたずらするので

犬たちがかーこ達を怖がるようになりいつしかテリトリーに

近寄らないようになったが、本当にカラスが賢いと思ったのは

人の顔を覚えているということだ。

犬を連れていない時にかーこ達が突然目の前に現れて驚いたことがあった。

さらに他のカラスのいるテリトリーには絶対に入ってこない。

目に見えないラインでも引いてあるかのごとく

2,3メートル先とて絶対に近づかない。

口を開けて羽を逆立てたり、知らないカラスの習性がたくさん見れた。

しかし、そのかーこ達も昨年には姿を現さなくなった。

野生下では10年と言われる寿命で死んでしまったのかどうかは

わからないが、少しさびしい気持ちだ。

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新しい担当編集さんは、

錆びついて怠け癖のついた大脳皮質をかなり刺激する編集さんだ。

まだ中身もあまり知らない内からあれよあれよと始まって

まぁ電話での打ち合わせではあったが「何か懐かしいやり取り」と思いながらも

最近の若い編集さん達の合理的なやり方に慣れていた自分には

(その編集さんも若いのだが)何だか気重に感じてしまった。


しかしその結果、普段ちっとも働かない脳が「こうしたらいいんじゃね?」と

軋みながらも動き出す。


昔ならこんな小さな出来事にもテンションが上がって何時間でも

机に向かえたが、今は思うように体、というより気持ちがなかなか向かない。

もちろん加齢による体の変化もあると思う。


特に医療物は1本描き始めるのにテーマである病態の事、

それに関わる検査や画像、

バイタルサインの数値の変動、必要な処置、手術の有無、

患者の設定、その他の情報諸々・・・全てを描かなくても知らないと

描けない事がたくさんあってその準備に時間が掛かる。

更に念仏は「仏教」と言うテーマもあるからこれまた一筋縄でいかない。

歳をとるとともに原作に逃げた人の気持ちがよく解る。


だが、何だかんだいっても漫画を楽しみにしてくれてる人がいる事は

いちばんの励みだし、この上ない幸せだ。

ガンバロ








若い頃、編集者に

『漫画は見開き単位で見ろ』とよく言われた。

ページをパッと開いた時の絵やコマのバランス。

例えば、単調なコマ割りになっていないか、とか

かと言って斜め線のコマばかりになっていないか、とか

人物がすべてのコマで同じ方向を向いていないか、とか

バストアップの構図ばかりになっていないか、とか

効果的に背景を入れているとか・・・等など

例を挙げたらきりがない。

だが最近は、作画のデジタル化で今までの

紙原稿での慣行というか仕来りみたいなものがどんどん不要となり

それが形骸化され長く描き続けている作家や

その漫画を読んでいた世代が置いてきぼりを食らっている気がして

ならない。

だってブログとかで漫画を見るのだってPCならスクロールして読むし

スマホやモバイルならフリックしたりスワイプしたりして見るので

見開きなんて全く意味がない。

偶数ページが右で奇数ページが左で・・・なんてデジタルには

あまり必要とされていない。きっと最近の若者にこんな事説明しても

わからないだろう。

以前編集から聞いた話だが

今どきの若い作家のひとりが、サイン会の際、ペンタブに慣れ過ぎて

ペンで人物の書き方がわからなかったという逸話まである。

そして最近富に言われているのが、背景を描かない作家が多いという。

背景はアナログで描いてスキャナーで取り込んで仕上げる作家はいいが

全てデジタルで作画し背景もパースを取ってCADのような作業で

背景を入れていくのは締め切りに常に追われている作家には、

なかなか骨の折れる作業だろう。

デジタルでの作画は紙媒体よりも作業が細かく

小さい絵も大きくして描いたりと案外時間と労力を取られる。

となると必然的に背景がおざなりになるのはわかる気がする。


が、たかが背景、されど背景。

人物が今どこにいるとか、どこから出て来たとか、どこに向かっているとか

場面の説明には必要だし、時に効果的な役割も果たしてくれる。



・・・一人の青年が長年住み慣れた故郷を離れ都会に就職する。

実家を後にし母が見守る中、駅に向かい

住宅街の緩い坂を昔を懐かしみゆっくりゆっくり上りながら歩いていく。

希望と不安を胸に別れを惜しむよう後ろを振り返った時

(はい!バーンと見開きで)

坂の下の住宅街見渡す・・・とか、全部のコマに背景が入っていても

うるさくない。

もうロングの構図で絵の上手いアシスタントにお願いして

是非描いてもらいたい。



自分も背景を描くのは好きだ。昔はホントに描きこみが激しかった。

時間があれば出来るだけ描きこみたい派だ。

しかし一人で作画し、しかも毎回締め切りギリギリでは

なかなか難しいのが現状。

更には今後、作画をデジタルに移行するか否か非常に悩ましい・・・

こやす




CLIP STUDIO PAINT PRO
セルシス
2012-07-06


















その昔、劇場版相棒の宣伝のために

ロドリゲス井之介さんの漫画のネタにされたことが二度ある。

当時スペリオールで掲載されていた漫画で

何かを宣伝したい人は漫画にしてあげるから酒代払えって漫画。


そもそもロドさんとは、Mさんという大酒飲みの編集担当が

一緒だったって言うだけの縁なのだが

宣伝と銘打ってはいるが、大前提は面白いこと最優先なので

ネームが上がっていなかろうが、原稿の締め切りが

切迫していようが同じ担当作家と言うよしみ(?)で

お構いなしに借り出された。


1回目の時は、劇場版相棒でテレ朝の宣伝部の方と

2回目の時は相棒スピンオフの鑑識米沢守の事件簿だったのだが、

この2回目が最悪だった。


この時自分は、女性誌での連載が終わる少し前か終わったぐらいの

タイミングで相棒連載しながらビッグコミック増刊で

「鑑識米沢守の事件簿」のコミック版を描く前か描いた後か

よく覚えていないが、とにかくこの上なく忙殺しており

ほぼ寝る時間がない状態で過ごしていた。

当時を思い出すと何回も映画の試写など観に行ったり

今ではとても考えられない生活をしていたな・・・(しみじみ)


で、そんな中、漫画のネタ(映画の宣伝)の為に

借り出されたわけだが、

米沢役の六角精二さんと伊丹刑事役の川原和久さんが来ると知り

それはそれで楽しみだった。

編集者は、(先日ブログ記事にした)東映の撮影所で

有名俳優を前にした私が変な生き物状態だったので

また面白いエピソードになると思惑があったに違いないが、

ドラマ打ち上げにも参加させて頂いてたので

出演俳優さん、女優さんと写真を撮らせて頂いたりして

私自身少し免疫が出来ていたのにMさんは気付いていないようだった。

その日、私は締め切り前の原稿の事が気になっている状態で

集合時間が夜の9時でしかも朝食べたっきりの空腹という

かなり不機嫌な状況の中

手土産の高いブランデーを重たいのに2本持って都内に向かった。


待ち合わせた駅で、小学館のマルチメディアのAさん担当Mさん

ロドさんと合流し六角さんのプロデュースしたというバーに向かった。


で、

確か六角さんだけが先にいて後から川原さんが来たんだっけな・・・

川原さんは家で飲んでいたと少し酔った感じだったが、

この間お会いしましたねととても紳士に挨拶してくれた。

我々と二人の俳優さんとテレ朝の宣伝部の方と東映の方、

かなりの人数となった。

私とロドさんは川原さんと六角さんの前に座っていた。

お二人とも舞台役者さんだけあって声がでかい。

面白い話もたくさんした、と思う・・・

思うが、いや~ここではあまり書かない方がいいな。

書きたいが書けない!ゴメンネ。

とにかくいろいろあって私は原稿もあり先に失礼した。

酒は怖い。それだけにしておく。







結局、私が登場した二回は雑誌には掲載されたが、

単行本化はされなかったようだ・・・

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我が娘はMイトンと呼んでいた・・・










絶賛発売中やで
















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単行本5集のカバーデザインを3パターン見せてもらった。

寄せ、チョイ引き、引きの3パターン。


新しい編集さんとはゲームの話で合いそうだ。

家に帰っても飲んでヘロヘロだー

今月は川崎でビッグ50周年展がある。

内覧会には行かないが、個人で行く予定。

みんな!会場で会おう!!








昨日のYahoo!ニュースに

集英社のレディースコミック誌であるYOUの休刊が決まったという記事が

掲載されていた。

自分は以前、小学館のJUDYと言う女性誌に2度ほど描かせてもらったことがある。

男性誌にいた編集さんの紹介で描かせてもらった。


そもそも自分が漫画を描くきっかけになったのは、集英社の別冊マーガレットを

読むようになってから。

それまで漫画家になるなんて道は全くもって考えてなかった。

しかしその話はとてつもなく長くなるのでここでは割愛する。

またの機会にブログにしたいと思う。


そんな訳で漫画投稿の始まりは少女漫画である。

なので女性誌も描けなくもないと思ったが、斜めばっかのワクや背景の無さや

白っぽい原稿に違和感を感じていたし、やっぱ馴染めないとも感じていた。

また必ず主人公が恋愛に発展しないとならず、そこに固執する事は

当時の自分の作画スタイルでは、あまり描きたい意欲に繋がらなかったのだ

と思う。


そのJUDYに1本描かせてもらったすぐ後、YOUの編集者のKさんから

話をしませんかと連絡を貰った。

女性誌は男性誌と違い、出版社をまたいで他の女性誌に描くという

掛け持ちは出来なかった

YOUはJUDYの対抗誌だった。集英社が小学館の子会社とはいえ関係ない。

長年、男性誌にいたのでそんな暗黙の了解があるとはとつゆ知らず、

JUDYの担当さんに連絡を貰った旨を話すと「他で書いてはダメ」と釘を刺された。

あまり恋愛だけに依存しない女性誌で、おんなおんなしてない

割と骨太なスタンスのYOUに魅力を感じていた自分は、

JUDYに2本目を描いた後、自分からKさんに描かせて下さいとお願いに行った。

それがYOUとの始まりだった。



最初はやはり、背景は書き込み過ぎずもっと適度に手を抜く事や

逆に瞳のディテールをうるさく言われ、当時売れていた少女漫画の

単行本を買って研究したりもした。

ここで培われたことは、自分に多少なりとも役立ち、あの時わからなくとも

今の自分があるのもこの時の経験のお陰とのちに実感した。


読み切り2本を描かせてもらった後、「誰にも等しい明日」という

連載を隔週で描かせて頂いた。

その間、男性誌でも読み切りを描かせてもらい

(なぜか男性誌の掛け持ちはOKだった)その女性誌で培った、

適度な絵が評価され「コミック版相棒」連載へと繋がったと、自分では思っている。


しばらく「相棒」と「誰明日」の掛け持ちでかなりしんどかったが、

男性誌が自身のまんまオリジナルではなかった分、女性誌はオリジナルを描くことで

リフレッシュできたというか、恋愛に関しても億劫がらずに表現して

行けた作品となったと自負してるし、作品の幅を広げてもらったと

すごく感謝している。

(編集さんは言いたいことがたくさんあったと思うけどなッ。
 しかも単行本が出たのが1集だけだけどなッ)


まあ、でもあの当時でも雑誌の休刊は相次いでいて現にJUDYが休刊し

YOUに関しても危機感はあった。

既に出版不況と言われている中、長く頑張っていたのに

雑誌自体がどんどん薄くなっていった。

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中の紙を変えたと言っていたが実際ページもだいぶ少なかった。

最近では隔週販売だったYOUが月刊へと変わっていたのをコンビニでみた。

女性誌は編集者の頑張ってる感がすごく伝わって応援したくなる雰囲気があったし

(男性誌が頑張っていないという事ではない)

お世話になっていたし月刊誌になったことがショックで遣り切れない思いになった。



今は情報を発信するツールがいくつもあって、一瞬で情報も古くなり

漫画なんかより目移りする楽しいものがたくさんあって

時代に合わせて何でも変わっていかなきゃならないとは思うが、

YOUの休刊は自分の歴史も削られたようでなんだか寂しい。



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YOU 2018年6月号 (未分類)
YOU編集部
集英社
2018-05-15

 















漫画のセリフで苦労するのが登録商標。

「湿潤液」と聞いて「マウスウォッシュする液」を思い浮かべる人は

あまりいないのではないだろうか?

「宅急便」は「宅配便」で言い換えられるが

商品名そのものが一般名称化しているものは、表現に非常に苦労する。

例えば「LINE」とか「Instagram」とか「Twitter」とか。

普通にSNSで済ますにもアプリの形態が全く違うから

「無料通信アプリ」とか「写真共有サイト」とか「ミニブログ」とかに言い換えるが

「わぁーこのスイーツ、写真共有サイト映えしそう♡」と妙に説明台詞臭くなるので

頭が痛い。

また医療の世界はこの登録商標が多数存在し薬品などは、医療者の間では

ほぼ商品名で呼ばれている為本当に苦労する。

ロキソニンとかボルタレンとかは「(消炎)鎮痛剤」としてもいいと思うが、

具体的に薬の選択をする時などは「ロキソプロフェン」なのか「
ジクロフェナク」と

カタカナのややこしい名前になるので面倒である。


感染症の抗菌剤がまたややこしい。


クラリスロマイシン」「セフジトレンピボキシル」とか商品名で言わなければ

絶対舌をかむ奴である。


「外用消毒剤」とか一括りにしてしまうとエタノールとかもあるので

「ポビドンヨード液」と品名で表示するものの一般的な感じがしない。

「イソジン」と言えば「あーあれね」とすぐ納得してもらえる。



昔の作品はおおらかで登録商標とか割と平気だった気がする。

作品が狂気じみていたり下品すぎてたりすれば商品の価値を下げかねないし、

後で訴えられても面倒だから編集者がまずうるさく言うが、

一度「宅配便」と書いたセリフを編集者に「宅急便」と直された時はぶっとんだ。

校了は3人の編集者が見るが、まんまと雑誌で発売されてしまったのだ。

しかし、これに苦情の電話がなかったというので案外平気なのかもな、と

何気に思ってるのは内緒である。

もちろん単行本ではきちんと直されているので心配無用である。

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以前、相棒の編集担当だったMさんから携帯にメールがあった。

「こぶたの餃子屋さん」というタイトルで漫画を描けばという

オファーがHさんから来てますよ、というまたふざけた内容。

どうやら「こぐまのケーキ屋さん」という4コマ漫画が話題になっているようで

きっとHさんのことだからこれに便乗して「『こぶたの餃子屋さん』のタイトルで

こやすに描かせりゃいいよ」という適当発言を編集部でしたに違いない。

過去に変な実を食べて手が伸びる海賊の話を描けばヒットするぞ!

・・・とよく言っていた。どれも二番煎じやんけ。

その言い方まで想像できる。何年の付き合いだと思ってんの・・・

だから逐一、ラフを送ってやった。

kobutanogyouzaya
何処で描かせてくれるのか?私的にビッグオリジナルがいいな。

念仏のネームが全く進んでないというのにこんなの描いてる場合じゃない・・・















前回の日記
<取材の思い出 その3>



相馬野馬追の取材に行き始めた詳細な時期は、覚えておらず

写真のファイルか写真の裏にでも記載されているかと思いきや全く分からず・・・

当時デジカメでもいくらか撮っていたのだが、画像ファイルには

その年に撮ったであろう数枚の野馬追の画像があり、そのデータに

2004年とあったのでたぶん14年前。

当時の原町市役所(現在は南相馬市)のHPからその時の市長さんに

取材したい旨、メールしたらご丁寧に対応下さり、観光課の方を紹介され

中ノ郷(なかのごう)騎馬会長と会わせてくれるよう取り計らって

いただいたのが始まりだった。

関東ではすでに散ってしまった桜だが、桜前線は北上し福島ではちょうど見頃で

はらはらと舞い散る花びらの中を車で迷走したことを覚えている。



写真は相馬小高神社↓(写真をスキャナーで取り込んだのでゴミ付き)
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それから福島には数回行き来した。

ひばりヶ丘祭場でやる春競馬にも呼んでいただき、とにかく明るく

温かい人ばかりで有難かった。

鮭の遡上する新田川の写真を撮っている時もすれ違う人、すれ違う人

見知らぬ私に「おはようございます」とにこやかに挨拶してくれた。


新田川
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野馬追の見どころはやはり24日だ。しかし夏の祭礼でしかも盆地なので

会場は気温も高く、熱中症で倒れる人が続出し救急車の出動回数も

半端じゃなかった。すぐ目の前で胸骨圧迫を始めたりしていたが、

かく言う自分も具合が悪くなり座ってもいられなくなり最後まで

見届けられず車へ戻ったというかなり情けない思い出。



馬を走らせることもあったという烏崎海岸。

前回ブログでアップした堤防の2004年頃の写真。

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原町と烏崎の途中の海岸
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原町シーサイドパーク
サーフィンの大会会場とかにもなったらしい(キムタクも来たと自慢していた)
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写真はアルバム6冊分あった。

あの時私にとって福島は、自然豊かで美しく何となく懐かしいような場所だった。

震災後、あの原発事故があって腫物のように扱われ近付き難くなってしまった。

今、再建されている場所もあると思うが、手つかずの場所もまだまだ多いだろう。

土地を離れてしまった人もいるとニュースで聞く。

故郷を取り戻し復興を願わずにはいられない。




震災の日、私は自宅とは別の事務所でアシスタントの2人と原稿を描いていた。

14時46分、地震発生。

古い家だったのですぐさま外へ出るよう指示し、いつまでも揺れる地面に

恐怖した。空は鈍色で電線が大きく揺れていた。

同じ建物に住む人全員が飛び出してきた。

道を歩いている人も立ち止まって地震に気付いた。

アシ君が事務所1階のテレビを確認しに行くとどこかで火災が発生してると

口にした。

揺れがおさまり余震に気をつけるようアシ君に行った後、私は、犬が心配で

家の様子を見に行った。

玄関の熱帯魚水槽から水がこぼれ外まで水浸しになっていた。

水槽の水は半分まで減っていた。

仕事部屋の本棚からは本が飛び出し散らかっていた。

それからまたすぐ大きな揺れがあり和室の窓を開けると

掃き出し窓のペアガラスで相当重いサッシがガタンガタンと何回も左右に滑った。

目の前の電線も大きく揺れていた。

犬はずっと同じ場所に固まり動けずにいた。もうその日仕事する気にはならなかった。

仕事場に戻って電車が止まり自宅に帰れない子は、電車が復旧するまで事務所に

居ていいと言って泊めさせた。

コンビニが目と鼻の先にありエアコンとホットカーペットがあるので寒さは

しのげるし生活できる家電は揃っていたしお風呂にも入れる。

この教訓があり、のちに布団を購入し事務所に常備したのだが、

結局それは使わなかった。


家に帰ってから親戚や知人からメールが次々入る。

体に感じる余震が1日に何百回とあり揺れの前にドドドと地鳴りが聞こえる。

食事も喉を通らず、眠れず、繰り返される津波のニュースを呆然と

見てるしかなかった。後に分かった事だが自宅はハザードマップで

揺れやすい地域と知った。



もう7年も前の事だ。

最近は忘れていることも多い。だけど記憶は色褪せない。

それだけ大きな爪痕を残したんだ、あの地震は。












※今回の記事は震災の写真、表現がありストレスになる人もいるかもしれないので
 一応、閲覧注意。



ビッグコミックスピリッツ2012/12号に「相馬野馬追(そうまのまおい)2011」を

読み切りで描いた。

毎年7月23、24、25日に行われる相馬野馬追は相馬中村神社、

相馬太田神社、相馬小高神社の三妙見社の祭礼。

お行列はじめ野馬懸け(のまがけ)や甲冑競馬などが行われる。
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(画像は2004年の物)

自分はいつか野馬追を描きたくて2004年頃から車で数度福島に通った。

その話を覚えていた当時のスピリッツの編集長から声が掛かった。

この年の3月11日に起きた東日本大震災の震災復興祈念作として

野馬追をスピリッツで描くことになった。


亡くなった人も大勢いてさらに原子力災害区域の小高町などは警戒区域にも

なっており震災の年の野馬追の開催は危ぶまれていたが、

鎮魂と復興を願い祭祀をかなり縮小して行われる事となった。

自分は当時、コミック版相棒を連載しており、取材はライターさんと編集長だけと

いう話しだったが、結局自分も行くことになった。

2011年7月23日、東京駅から東北新幹線やまびこに乗り仙台へ。

震災の影響で常磐線が一部不通で仙台まで行って迂回しなければならなかった。

元来、取材は好きな工程だが、この取材に関しては出発する前日から気が重く

出来ることなら行きたくはなかった。

関東と言えど自分も被災しており震災で受けた心理的苦痛が大きかった。

当時は津波の映像が流れるたび涙が出た。

また計画停電の影響で駅もスーパーも暗く、家にいるのも落ち着かないので

犬の散歩ばかりしていた。

大きい余震が四六時中ありそんな状態の中、震源に近いところに行くなんて

もう憂鬱でしかない。

新幹線の車窓から所どころ青いブルーシートのかかっている家々が目に映る。

仙台に近くなるほどその件数は増えていき、気持ちもどんどん沈んでいった。

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仙台到着後、先にタクシーで福島入りしたライターさんを追いかけ

自分はレンタカーで向うも間に合わず、そのまま仙台のホテルに向かった。


翌日、編集長と合流しライターさんと3人で相馬太田神社へと向かう。

途中の国道は中央分離帯から半分無くなっており、遠くに見える電線は

ドミノの如くなぎ倒されており、黒い袋の土嚢のようなものや瓦礫が

所どころ積まれている。車の運転をしていた為そういった写真は撮れなかった。


7月24日は本来ならひばりヶ丘祭場までお行列があり神旗争奪戦など色鮮やかな

陣旗や軍旗、指物を翻した甲冑姿の侍、颯爽とした馬鎧を身に着けた

元サラブレッド達で盛り上がるのだが、一切それはなく

太田神社では鎮魂のための例大祭のみが行われた。

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その後、車で烏崎(からすざき)海岸へ向かう事に・・・

烏崎海岸を初めてみたのは朝焼けの美しい瞬間で本当にきれいな海だったのを

今も覚えている。

その変わり果てた地形、陸地に上がっている漁船、堤防沿いにあった

家々は一つも残っていない。強大な津波の力で圧し崩された堤防と

不自然な場所にある大きなテトラポット。赤いスプレーで書かれたバツ印・・・

その光景を目にしたら感情がこみ上げて来て涙声にしかならなかった。

皆、声を失ってた。

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この写真の奥に見えるのは、火力発電所。小さくて見えにくいが

瓦礫がたくさん積まれている。原子力発電所はここからは見えない。

今この記事書いてる間もキツイな・・・


その後、相馬中村神社まで足を延ばし震災で野良馬となった馬たちを見た。

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ここには馬の他にも保護された動物たちがいた。

野馬追の馬は、多くは引退した競走馬で昔、私が取材した時はみんな本当に

可愛がっており馬肉は食べられないという方もいた。

多くの動物たちも津波にのまれて死んだが、こうして命からがら

助かった子達もいて唯一癒された瞬間だった。






次回は以前の取材で撮った(フィルムカメラの写真)烏崎をアップしようと思う。

(つづく)











「女なんだから乱暴な言葉遣いはやめなさい」

「女なんだから女らしい態度でいなさい」

「女なんだからだらしない恰好はやめなさい」

「男なんだから泣くな」

「男なんだからなよなよするな」



現代は男と女の境目のないジェンダーレスの時代で

古い人間の「男は男らしく、女は女らしく」という

押し付けられた考え方は性的差別になりかねない。

斯く言う自分も死んだ父にはうるさく「女らしく」を言われたが、

親のいない所じゃ「~じゃねーの?」とか「~だぜ」とか大声出して男言葉だし

あぐらはかくし、大あくびもするし清楚で大人しく、はにかんだり

口に手を当て笑ったりする所作は、やれって言われても出来ない。


そう、お気付きだろうか・・・上記の女らしくは、男性の描く女性だ。

いつも主人公の応援をして健気で控えめで髪は長い(もしくは纏めていて

ポニーテール)おっぱいとお尻は大きい。腕は後ろに組み、内股。

首は左右どちらかにかしげていてあざとい。

では、女性が描く男性はどうだろうか?

普段は女の子に冷たいが、時には優しいツンデレは基本。

そしてソフトヤンキー。身長は当然すらっとして高く足も長い。

手は大きく、突然キスしたりハグしたり

胸がざわざわするような甘い言葉を言う。

はい、どうですか。思い当たる漫画がいくつかありましたか?


以前、確かスピリッツの編集者だったと思うが、

「男の作家は女を描けるが、女の作家は男が描けない」と言う話をした。

出版社はまだバブルがはじける前の景気のいい時代、

ジャンプとスピリッツは週刊誌のベストセラーと言われていて何百万部と

売り上げていた黄金時代の話。

所作や性質的な事を指して言ったのかはわからないが、

まあ、デフォルメ大事と言いたかったのだろう。

自分は少女誌が性に合わず青年誌に切り替えて投稿していた時分だった。

もちろん男を主人公に描くことが多くこの言葉に

「何クソッ!絶対男描いてやる!」と思っていた。

それからバブルが弾け景気が低迷し数々の週刊誌は休刊した頃。

何の状況かは忘れたが編集者が多く集まる中で編集者が言った言葉

「女の作家は男を描けるが、男の作家は女を描けない」だった。

何を根拠にそういったかはわからない。いろいろ考え方はあって答えは

一つじゃない。



漫画の中で具体的に男と女の違いでわかりやすいのは、異性が絡んだ時だろう。

年齢の関係もあるが、男なら好きな女の子にキスしてーとか

エッチしてーとかなるが、女は男の子に恋している自分が好きってなると思うし

女の子に振られていつまでもうじうじしているのは男の方だし

女は振られたらあまり引きずらず次、次!だしとってもわかりやすい。

仕事の上ではあまり男女の差はないような気がする。

ヒステリックな上司と言うと女が浮かぶが、まあ男でもそういう人いるしなぁ。

ただ男性主体の職場、例えば料理の世界とかは女の人も少ないから

また描き方は違ってくると思うが、でも大体、主人公はひたむきで

厳しい先輩料理人は主人公が難関をクリアー後、「よくやったな」ぐらいのこと

言って優しく微笑むって言うのは何となく想像の域を超えない。

ある程度どのジャンルの漫画も確立された手法と言うのはあるからね。

そこをどれだけ裏切れるかなんだろうけど、編集さんとの相性もあるし

難しいところだ。


まあ、私の答えとしては、男性作家も女性作家も描ける人は描ける。だと思う。

でもそういう人は人物観察をすごくしていて、いろいろリサーチし

狭い了見で物事を見ていない人だと感じている。

やっぱり想像だけじゃ描けない事って多いんだ。




ところで昨日から目がかゆい・・・とうとう来たか・・・
























脱稿
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二回徹夜・・・

サプリではなく医薬品のプラセンタ・・・

下手な滋養強壮剤より効果的だった。

眠れなくなる・・・

個人的にはお勧め。



コンポを買ったけどまだ設置しておらず、これからやる~













「ちょっとだけ歩み寄れそうになる変化」

こんな抽象的な物言いで丸投げしてどれだけ頭の中をもやもやさせながら

限られた時間を費やしていると思っているのか?

ヒントでもいいからエピソードは具体的に言って欲しい。前にも言ったはずだ。

そもそも建設的な打ち合わせがない。

毎回ストーリー作りに悩み苦労している事を知っていながら向こうから

現状をよりよくしていこうというの提案が未だかつてない。

ストーリーだけではなく医療のこと仏教のことを調べるだけでも十分時間はかかる。

心の動きも片手間では描けない。ない頭をフル回転してやってる。

そろそろわかってくれてもいいだろう。




以前、相棒(漫画版)での打ち合わせでの話。

相棒のプレシーズンからシリーズ3までの回で漫画にする話を

チョイスするのは編集者。ドラマ1本が漫画では3~5話の話作りとなる。

テレビ局との約束事はいくつかあったが、漫画は全てをドラマと一緒にしない

という出版社の意向で描いていた。

編集者は必ずドラマを見て漫画版の話が1本終わりそうな時に

次、何やるかを提案してくる。それに併せて自分もDVDを見るというやり方。


どの回か忘れたが、たぶん亀山の親友、浅倉が初めて出てくる話だったと思う。

うろ覚えで申し訳ないが、確かドラマでは特命係の2人は別件で

張り込みをしているところ、死体を発見し新しい事件が起こる・・・と言うような

感じだったと思う。

そこに出てくる女子高校生が、売春をしているという設定だったのだが、

漫画では、この女子高校生の登場の仕方を変え特命係の二人に追われる、

という話に打ち合わせでなった。

序で死体の発見の仕方はドラマに準じて・・・という感じだったが

それじゃ面白くないとなり、逃げていた女子高校生が血相を変えて戻って

くるって言うのはどうだろうとなった。

それを想像して編集者と二人大笑いしネタ採用となった。


打ち合わせとはそうやって両者の意見を摺りあわせて行うべきものではないのか。

もちろん、そんな充実した時ばかりじゃなかった。

意見が対立し険悪な雰囲気になる事も幾度かあったが、丁寧に話をすれば

すれ違っていたところも理解でき、最終的には

歩調を併せ作品を作り上げたという達成感になった。



出来たものに意見するのは、誰だってできる。

こっちの考えを超えてより良いものにしようと提案し作家の頭を

スッキリさせるのが編集者ではないのか。

それは私の無いものねだりなのか?






コミック版「相棒たった二人だけの特命係」はeコミックストアで
読めます。(1巻無料)

単行本未収録のビッグコミック増刊号で掲載した相棒スピンオフ
鑑識・米沢守の事件簿
も無料で読めます。

eコミックストア








自分は感情がすぐ顔に出るようで、人から

眉間にしわよせているから怒っているのかとか、

口をとがらせて何をすねているのだとか、聞かれる事がある。

自分で自覚しているのは、舌が子供なので、甘いのか辛いのか酸っぱいのか

分からないような味の食べ物や香りを楽しむような食材が苦手で

そういったものを口にした時は何も言葉を発さずとも『うえっ』って

顔はしてしていると思うし、嬉しい時はめっちゃクチャ笑顔ではあると思う。が、

きわめて平常心の時にもそういわれる事があって心外である。

人に不快感は与えないよう、自分では常にニコニコしているつもりである。

難しい顔をしている時は、漫画のネタを考えている時かもしれないではないか。

それに漫画家はな、怒っている顔を描くとき作家の顔も怒ってるし、

笑い顔を描くときの作家は笑っているもんなんだ。

漫画描いている人が近くにいたら見てみ。キャラと同じ表情してるから。




と、漫画でも感情を表現することは大変大事な作業である。


怒りにしても、顔に血管のマークを描くだけでなく、キャラの性格に合わせて

激しければ物に当たるとか拳を振り上げるとか言葉にせずとも表現できるし

静かな怒りであれば、表情は変えずに紙を握りつぶすとか、ボールペンをバキッと

割ってしまうとか表現できる。

更にモノローグをつければ効果的になる。


例えば、

ケーキ屋さんでお姉さんがショーケースのケーキを見定めている。

買うケーキが決まったので店員さんに注文しようとしたら、横入りのおばさんが

買おうと思った1個しかないケーキを買ってしまった。

そのおばさんの後ろで悔しくて泣いているお姉さん。


このエピソードに

『どれにしようかな、どれもおいしそう。あ、これ1個しかないけどこれにしよう』

『あッ!!あたしのケーキ!ケーキ、カムバッーク!!』

というモノローグをつけるだけで分かりやすい場面が出来る。

このモノローグは、とっても便利だが使いすぎると感情や思考の説明なので

読者はしっかり読んでくれない。

モノローグが3ページくらい続くと読むのを諦める。

漫画家を目指している人とかの原稿を見るともうずーっと何ページも

モノローグの人とかいる。


性格付けなもので、心の持ちようもある。

『もう1個しかない』

『まだ1個もある』

ネガティブなのかポジティブなのかでだいぶ違ってくる。

悲しい事があったのにその裏で笑顔でいるとか、学校では陰キャラだが

学校を離れると全然違う顔になったりとか、そういうのはあまり描きたくないかな。


自分にはない、全く違うキャラクターを動かすのは本当に至難の業である。

「普通は、こうじゃん?」とは絶対にいかない。


だけどバイオリニストがいきなり鳥貴族でアルバイトをするようなリアルなのに

突飛な発想はあまりない。


基本は自分が描きたい理想の世界なので妄想がほとんどだとは思うが

自分の中であり得ない、とかなっちゃうとそれより先に話が進展していかない。

これ面白いか?となっちゃう。一筋縄ではいかない。

なんだか抽象的で自分で何が言いたいかよくわからない文章になってしまった。




とにかく松本は、なかなか動いてくれんので毎回苦労しているんだ・・・


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漫画を描くという作業の中で一番好きなのはネームだが

同時に苦行とも思ってる。

若い子は「ネーム嫌い!早く原稿描きたい!」って必ずいう。

斯く言う私も若い頃はネームと言う作業があまり好きではなかった。

若い頃は直感で生きてるというか、自分で描いたもの以外面白いものはないと

思い込んでいるし

周囲の上手い人は目に入らず、自分超天才と自惚れている。

ネームはページ内に話が収まるかどうか

やたら説明ばかり長くて最後が尻切れトンボになっていないか、

キャラが多すぎて収拾つかなくなっていないか、

伝えたいことを伝えているか、独りよがりになってないか、

もろもろ原稿を書く前の大事なプロセスなのに、若さゆえ

担当が付いても絵を描きたい一心で雑然でおおざっぱな話の作り方だった。


しかしそんなネーム嫌いもビッグオリジナル時代鍛えられた。

ある編集さんに納得いく展開や会話やキャラになるまで赤ペンで

何回も書き直しを要求させられた。

伝えたいことが理解されないジレンマとか、自分の書きたい方向では

なかったりとか、それはもうノイローゼになるかと思うくらい

その赤ペン添削が自分的には凄まじいストレスだった。

しかし次第に今度はネームで何も言われないようになろうとがむしゃらに

話を作るようになり、台詞も簡単に吐き出さずキャラが言いそうなことを前よりも

考えるようになったし、こうやったら面白くなるとか違うシチュエーションを

いくつも想像したり、思いが伝わるようにもうネームは原稿の下絵かと言う

くらい丁寧に描いたりしていた。

しかしそうまでしてもなかなかOKは貰えなかったわけなのだが。



他の作家さんはどうかわからないけど、

漫画はネームでほぼ出来上がっていると思っている。

原稿の作画にすーごーく時間をかける人に比べれば私はそこまで

絵にこだわりがない。一時期、細かく入れる時もあったけどあまり

評価されなかったというのもあるが、女性誌を経験して線がすっきりした絵になって

からの評価の方が良かった。



どうでもいいくだらない悩みだが、ネームを大幅に描き直したいとき、

コピー紙を新しくするか消しゴムで消すかですごく悩む。

今はペーパーレスの時代だがデジタルの人はネームもPCなんだろうか?



そのネームだが私の場合、1話のストーリー作りで導入のエピソードと

決めゴマが頭に浮かぶと魔法がかかったようにネームがスムーズになり

あ~ネーム楽しいーるんるんとなる。

しかしこんなことは非常に稀で、毎回毎回うーんうーん唸りながら

頭を掻きむしりながら描いている。

よくアイディアは散歩してたらふいに落ちてきた、とか言うのを聞くけど、

いろんなことに経験豊富なのか、考え方が何通りもあるからなのか実に羨ましい。

自分の場合、イメージがあってもおざなりでついついワンパターンな

思考になりがちで、いつ何時も考えてるが「これー!」と降って湧いてくる

ことはなかなかない。

だから机を前にして腕を組みながらは日常として

お皿洗いながらとか、風呂掃除しながらとか、買い物行く時とかでも

ボーっとネームの事を考えている。

でも大概落ち着いて考える事が出来ないので、寝る前とかお風呂入りながらとか

トイレ行ってる時とか必死にアイディアを抽出しようとする。

それでもなかなか出ず時間だけが刻々と過ぎてゆく。

切羽詰ってくると逆の発想をしようとしたり、全く違う展開にしようと

したりして、お、何だか行けそうだなっとなる。

それでも納得いかない時は原稿の下絵で大幅に直す時もあるし

ペンが入ってから直す時もある。

迷いがあり、そういう直しをやるたび自分には才能がないと思ってしまう。

才能あふれる人が羨ましい。




やれやれ、年賀状や大掃除をやらなくてはならないというのに

いまだネームが上がらず苦行に励んでる・・・












今日は久しぶりに朝から取材だった。

知り得ない出来事は本当に好奇心を揺さぶられる。



私が救急医療を描きたいと思ったきっかけはNHKの人気ドキュメント番組だったプロジェクトXの

コミカライズから。

当時から医療物が描きたくて最初、日本で初めて心臓のバチスタ手術をしたドクターの話を

希望していたのだが、その患者さんが亡くなられていて叶わず、

救命救急ER誕生を描かせてもらう事となった。

テレビで描かれなかった部分の先生方のインタビューが面白く一気にのめり込んだ。

現在の様に便利な医療機器が揃っていない時代にガイドラインも確かな治療法もなく手探りで

ギリギリの命に向き合い一生懸命でひたむきで新しい発見が常にあって充実している・・・

救急って面白い!と素直に感じた。

それを機に阪大の特殊救急部だった先生方に会える場をいただいた。

その場とは

「ザ・学術集会」である。 ナイス~ぅ

私はマスコミ扱いできちんとお金を払って参加させて頂いた。

怖いもの知らずというのは本当に恐ろしい。

日本の救急医療システムの構築を担ってきた言ってみれば重鎮の方々に

「とりま、ワンチャン取材よろ」的に会いに行くという・・・

必死に勉強されて医者となったキラキラした人たちの中に

アンポンタンな漫画家独りと言う何とも似つかわしくない図柄・・・

しかしそれ程までに好奇心が勝るのだ。

学会の雰囲気やシステムやスタイル、ほんの一握りの人にしか知らないシーンを

表現者が経験する事でもっと多くの人に伝える事が出来る。かっけー



3日間、開催される学会。私は2日目も参加した。

この日、面白そうな教育講演があって重鎮の先生とロビーで待ち合わせたのだが

昨晩の同窓会を楽しまれたのか待てど暮らせど来ず、

結局1時間遅刻されて次の教育講演しか聞けなかったが、大変有意義だった。

それは自身の作品「誰にも等しい明日」でも描かせてもらった児童虐待に関しての講演で

今までニュースなどで見聞きする事よりも現実の残虐さを目の当たりにした。

自分自身も子供がいるので他人の子成れど奥歯に力が入り怒りに打ち震えるほど

腹立たしいものだった。

当時はまだ虐待があってもそれを保護するシステムや周囲の危機管理が確立されておらず

虐待を疑っても親が事故と言えば医師は警察に届ける事はなかった。

虐待なのにそういう不慮の事故として片付けられて亡くなった子供たちを思うと涙が出てくる。

「念仏」でも虐待を描いた。決して漫画だけの話ではなく実際に起こっている事に唖然とし憤る。

ある医療者は「あーあ殴っちゃった」と言った。

私は主人公の松本なら怒りを抑えられず殴ると頭の中で描いていた。

だから因果の法則できちんとそれなりの制裁を受け入れたんだと・・・



こうしてあの時の取材は、今に活きていると思っているし、まだまだ描ける事あるなとは感じている。

こんな取材が出来るのも漫画を描いているおかげだ。

漫画が文化である日本に生まれてよかった。

そして、やっぱり取材は楽しい。















捨てるのもったいないから貼っておく。

結局、こういうものを作るのに時間取られちゃうんだ。


aobadai







明日8/2、日テレのスッキリ!ほんの数秒漫画が使われるから見てねん。

時間の関係でやらないかもだけど。
※この日の放送はありませんでした。来週やるかは未定です。
 





人体は膜で出来ている・・・

と言うのをどこかで読んだが、人体解剖学の本を見ると本当にそうだなって思う。

腹膜とか髄膜とか心膜とか筋膜とか・・・いろんな膜に臓器が収まっている。

その膜の中で血管が破綻したりするからいろいろ大変。

膜内の圧が高まって組織が壊死したりする。

心臓と心膜の間には動きをスムーズにするためのサラサラした漿液(しょうえき)という

液があるらしい。車のハンドルのグリスみたいなものだね。

これだけでカタクリを水に溶いた感じかなぐらいの想像はするが、ネットで画像を調べたりしなければ

想像の域を超えない。

こんな感じで医療漫画を描いてる。

そもそも人体にメスなど入れたことがなので感覚がわからない。

『鶏もも肉を切る感じかな』そんな想像をする。

それから匂い。

電メスで切る時とかオペ中はいろんな匂いがしそう。

・・・なんだか書いていて気持ち悪くなってきた。


こうした経験がない事を想像で描くのは本当に大変。


もっとも大変なのはどんな人がどんな疾患になるかっていう、話作りなのだけれど

そこはきりがないので止めておく。


そして医療機器を描く事がこれまた大変。

処置室だけでも処置ベッドの周りにはたくさんの医療機器や資材が並ぶ。

除細動は当たり前。生体モニター、人工呼吸器、輸液ポンプやシリンジポンプ

施設によっては初療室に麻酔器があったりする。端の方にはポータブルレントゲンや

エコー、薬剤や様々な用途のチューブがあったり・・・そりゃもうごちゃっとしている。

現在はアシスタントを遣っていないが、アシスタントがいた頃は、

ベッドサイドの医療機器をどこに何を置くか説明するだけで毎回1時間かかっていた。

まだ自分や家族の入院経験のある子はいいが、経験がないと資料を見せても

描けなかったりする。

尿バッグって何?ってなるので動けない人におしっこの管を入れるんだよと言う説明をしないとならない。


また資料に使う医療の本がこれまた高い。

家にある一番高い本は4万する。1冊1万なんてザラ。安くても3800円とか。

そんな医療関連の本がたぶん100冊近くある。

そして医療は日進月歩。新しいガイドラインや新しい治療法が出来てすぐ使い物にならなくなる。

さらには漫画が終われば無用の長物だ・・・



くそぉー!原稿料あげてくれッ!!!!













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