こやすのうつぼの思う壺

今日一日の自己満足を綴るブログ

カテゴリ: ロマン

昔、NHKのみんなのうたで爆風スランプが歌っていた「転校生は宇宙人」って歌、

いい曲だよね。


宇宙人て言えば、昔に知り合った人から

「誰にも信じてもらえないんだが宇宙人と遭遇した事がある」と言う告白を聞いた。

どういう現場で誰といたか、どういう状況下だったか

話は実にリアル。


しかし、その事を話すと皆、口をそろえて「嘘だぁ」と言って信じないという。

斯く言う自分も騙されるもんかとそう口にした。

「本当だって!マジに目の前にいたんだよ!」

必死に訴えるその人に「ああ、わかった、わかった」と諭すと

「絶対信じてないだろ?」と疑心暗鬼のまま話は終わる。

その話はにわかに信じがたかったが、しかし、地球以外に生命体は

絶対いると思っている。


私も中学生の時にUFOを見たことがある。


当時、うろ覚えだがUFOと飛行機が接近とか、どこどこでUFOを目撃とか

そんな事が新聞の記事に載り、まだピュアだった子供時分は

新聞にも載るくらいだから宇宙人は絶対にいると信じて疑わなかった。


それから中学時代に妙な噂もあった。



生徒が多い時代だったので中学校にはプレハブ校舎があり、

放課後、その廊下に友人が二人いて空を指さして何かを見ていた。

当時運動系の部活をしていた自分は外練でグランドにいて

その友人に名前を呼ばれて近くに寄って行った。

「なにしてんの?」と声を掛けたら

「ここからたまにUFOが見えるらしい」

「UFOが見えないか見ていた」「何人かの人がUFO見てる」

そんな会話だった。

あまり記憶が定かではないのだが

新聞の地域版でもニュースになったぐらいの話をしていたと思う。

記憶違いかもしれなく自信がないが、とにかくUFOの話で持ち切りだった。

自分は部活中だったし先輩の目もありそそくさと練習に戻ったが、

その時の会話だけ何故か妙に覚えている。


それからすぐだったと思う。

部活のミーティングで体育館横の芝の上でみんなが集合していた。

その時だった。

丸い銀色の球体が突然目の前の高い空に現れ、空中に浮いていた。

すぐにUFOだと思った私は先輩の話もそっちのけで

同学年の女の子に「ねぇ、あれUFOじゃね?」と指差し、

周りにいた何人かの人も同じ方を向いて目撃していた。

当時はドローンなんかないし、飛行船やアドバルーンのような浮き方とは全然違う

不自然なくらいにピタッと止まって宙に浮いていた。

そのうちジグザグに飛び、スーッと斜めに急降下したと思ったら消えた。

UFOを目撃した、そこにいた何人かの人間とは共感は出来たが

「UFOを見たことがある」と人に話すと

私も前述の宇宙人と遭遇した人の様に話半分に聞かれるか、「へえ」程度で

話が終わる・・・

「まんが日本の歴史」で携わった編集さんが、やはりUFO目撃者で

唯一、話が盛り上がった一人だ。




先日、Yahooニュースで北海道でUFOが出過ぎて見飽きたという記事を目にし

この事を思いだした次第。(URLを貼ろうと思ったら既に記事はなくなっていた)



















今の若い子は知らないと思うが、ほんのひと昔の洗濯洗剤は今の様に

コンパクトではなくエライ大きい箱に入っていた。

大きいし重いし買ってくるのも一苦労であれば、洗濯機に洗剤入れるのも一苦労。

昔のコカコーラは1リットル瓶でこれも買ってくるのに一苦労。

確か1.5リットル瓶もあったかな。

ティッシュもコンパクトになったよね。


じゃーどんなかな?と思って、ちょっとネットで調べれば

すぐに画像が出てくる。ホント便利な世の中。


ただこれだけは小さな画面ではなく自分の目で大きさを実感したいと

いうものがある。

それが淡水の巨大魚だ。

自分は何故か昔から巨大な淡水魚にロマンを感じている。

広大な海には巨大な魚がいて当たり前

自分の中で湖や川はおどろおどろしいイメージでその中で人知れず育ち、

でかすぎて不気味なんだけど魅力という怖いもの見たさ、

とにかく好奇心は旺盛なんだと思う。

以前、ダムに掛かる橋から1メートル30センチ位のデカい魚を見たことがある。

もう息絶え絶えに体を横にして浮いていた。それが鯉とかバスとかの長さの

ある魚ではなく、丸っこい体型でかなり大きかったのだ。

タナゴを丸く大きくしたみたいな極端だがマンボウみたいな感じだったと

記憶してる。

いろいろ調べたが何という魚かは結局わからなかった。

昔、上野動物園に葛西臨海公園に移る前の水族館があり

アマゾン川のピラルクとかナマズが展示してあって

その大きさにしびれた。記憶は定かではないが上から覗く感じでの展示の

仕方だったと思う。それが更にもの怖ろしさを誘った。

あと淡水の生き物で哺乳類だけどマナティとかジュゴンとかも気味悪さがある。

多分、子供の頃見た図鑑の影響じゃないかと思う。

昔の図鑑の多くは絵で想像が掻き立てられた。



でも最近、大きな淡水魚はネットの動画や画像でいくらでも

見られるようになって何だかつまらないというか、

夢の無い世界になってしまったなと感じる。


魚だけでなく、昆虫や動物、秘境と呼ばれているところ、自然現象

足を運ばずして見れてしまう。

ネットのとってもいいところだ。

だが労せず見れてしまうしそれで満足してしまう。

功罪と思わずにいられない。

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これはハクレンかな?

いつもの犬の散歩コースの川に死んでいた80センチくらいの魚。

この程度の大きさでも結構、おっとなる。1メートルくらいの鯉は普通に見える。














落下傘花火って知ってる?

打ち上げ花火で打ち上げると大き目のパラシュートが1つと

小さなパラシュートがぱらぱら落ちてくるだけの花火。

夜に打ち上げても色の出る花火じゃないから楽しめないし

暗いと落ちてくるパラシュートが見えないから明るい場所じゃないと回収できない。

今はないのかなぁ。



子供の頃、学校帰りに遥か遠くの方でぱらぱら落ちてくる本物のパラシュートを

追いかけたことがある。

かなり遠い場所で小さなキノコのような形でもこもこ、ふわふわいくつも飛んでおり、

今はあまり言わないのかもしれないが、その当時は落下傘と呼んでいた。

あの落下傘には美味しい食べ物が付いていて回収したら勝手に食べられるんだと

夢のような事を思い描いていた。

届くはずもないのに落ちてくるたくさんの落下傘を必死で追いかけた記憶がある。



大人になってからあれが精鋭無比をモットーとする陸上自衛隊の日本唯一の落下傘部隊、

習志野駐屯地の第一空挺団の演習だったという事がわかった。

かなり前だが演習が見れるという事で1回だけ行った事がある。

カメラは必需品で持ち歩くのが日常だが、当時はデジカメを持つだいぶ前でフイルムカメラだった。

写真捨ててないはずと探したらいっぱい出てきた。

スキャナーで取り込んで載せてみる。

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ミリタリーおたくではないがなんか好き。

全く詳しくないが軍事関係の本もいくつか持ってる。

この演習を見てパラシュートで落下している物が食べ物ではなく人だという事が

わかり何だかがっかりした。

当たり前っちゃあ当たり前なのだが、美味しいものという子供の時の思い込みだろうか。

戦争を経験したことが無いからこそだが、あんなパラシュートが演習だとはわからずに

空から降ってきたらもうロマンを感じずにはいられない。




この写真を探してるとき、東日本大震災前の福島の写真がたくさん出てきた。

もう無くなってしまった景色。

時間がある時にでもブログに上げよう。












子供の頃から発掘にはロマンを感じている。


子供の頃、自宅近くに小学校建設予定地があって、そこは長い間

手つかずの雑木林になっていた。

アケビや野生の栗林があって実を採ったり

池があって駄菓子屋で酢イカを買い木の棒で簡易つりざおを作って

ザリガニ釣りをしたり、オタマジャクシを採ったりと子供たちの格好の遊び場だった。

当時はそれほど感じていなかったが今考えると、とても自然豊かなところだった。

そこに漬物石よりも4倍重い石がひっそりとあった。

いつしかその石を掘り起こすことに夢中になった。


その石は、なんとシダの化石だったのだ。


図鑑で見た何億何万年も前の古の植物かと思うと心ときめいて

「こいつは、すげぇーモンを見つけちまった・・・」となった。


これを持ち帰るべく転がしながら家まで運ぶが、そんなものにロマンを感じない親は

直ぐに捨ててきなさい!と無慈悲に言い放ち

再び元あった場所まで泣きながら転がして捨てに行った。


そんなことも忘れかけた頃、小学校新設のための造成が始まって雑木林はなくなってしまった。

自分はその小学校には通えず、はるか遠い小学校まで徒歩で通っていた。

忘れ物したら諦めないとならない、それくらい当時の自分には遠かった。

決して忘れ物をした際の言い訳ではない。

外灯がほとんどない森を切り開いたような通学路で寄り道し放題。

自生の桑の実を採って食べたり、ワラビやぜんまい採りながら帰ったり

寄り道が普遍的な日常の習慣となっていた。

そんなある日、通学路沿いにある空き地に埋没している

『泥めんこ』を掘り起こすとういう遊びが流行った。

泥めんこと言うのは1円玉くらいの大きさでおかめやひょっとこ等の面を

粘土で素焼きしたものである。


泥めんこについて詳しく解説されているサイト


当時、泥めんこの名前も価値も知らず、石蹴りの石と化しておりぞんざいな扱いだった。


ところが近年、昔こんな事あったと回想している時に

そう言えばあれなんだったんだろうと思いネットで調べたのがきっかけで泥めんこの名前を知った。

そうしたら泥めんこは江戸時代の子供の遊び道具と言う事がわかり、

そんな昔の貴重な物をぞんざいな扱いをしてしまった当時の自分を

反省しそして再び心ときめいた。



泥めんこ見つけたい・・・・・・と。



取りあえずあの場所どうなっているだろうと気になった。

ストリートビューはこういう時にはとても便利である。

ところが、ところがである。

当時、泥めんこがあった場所はすっかり住宅地になっていた。というか

通学路は全く昔の面影がなくなっていて、えッ!ここってこうだったっけ?と半信半疑になった。

思い出の場所はそれっくらい風景が変わっていたのだ。

仏教でいうところの 色即是空 空即是色・・・万物は変化し無になり再生する。

過去を受け入れ未来にとらわれるな、と言う事なのか。


そのあと、泥めんこの事はすっかり忘れ、あそこはどうなった?とストリートビュー巡りが

始まったのは言うまでもない。


いまだ、ちょっとした空き地に出くわすと何か埋まっているんじゃないかと

ロマンを感じてしまうじぶんがいる。










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