こやすのうつぼの思う壺

今日一日の自己満足を綴るブログ

カテゴリ: 飲み

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毎度お馴染み、浅草橋で今年は7名の編集さん達と飲んだ。

我が担当編集さんが唯一ぴちぴちの20代。

平均年齢を下げてくれた。

孔子の論語に「吾十有五にして学に志す。三十にして立つ。

四十にして惑はず。五十にして天命を知る。

六十にして耳順ふ。七十にして心の欲する所に従へども矩を踰えず」

ってあるけどまさに歳を重ねるとみんないろいろ自由すぎて

会計がとんでもない事になったらしい。

支払いをしたSさんの顔がどんよりして可哀想だった。

私を初めて担当してくれたHさんはあと数年で定年だとそっと呟いた。

楽しかったけど何だかちょっぴり哀しくなった、平成最後の

飲み会だった。

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何だかんだ恒例化している編集さんとの飲み会。

<以前の記事>
新社屋に行ってみた

今年はいつもの5人の編集さんぷらす現・担当を交えて計7人で。
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昨日は朝から小雪がちらつく寒さだったが、

かなり昔に打ち合わせで行った中華料理のお店を予約してくれたと聞いて、

事前からハイテンション。

ここの店は、めちゃくちゃお気に入りでまた行きたいっと言っていたのを

覚えてくれてたようだ。
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以前、このお店で当時の担当さんと上海ガニやフカヒレに舌つづみを打ちつつ

打ち合わせをした。

そこへ遅れて2人の編集さんが、読み切りの打ち合わせの為やって来た。

2人は同じテーブルではなく少し離れた隣のテーブルに着いた。

この時自分はすでにお腹いっぱいで何も入らない状態だったのだが、

あとから来た編集さんの注文した料理がずーっと気になっていた。

少し遠目から見た「白くてふわふわした奴」

それがずっと食べたかったんだ・・・!今日はそれが食べられる!と思って

雨の中ウキウキしながら駆けつけた。

しかしコース料理と聞いてがっかりした。が、事情を話すと注文してくれるという。

メニューを見るが写真が入っていないのでわからず、

当時あとから来た編集さん2人もいたのでどれだったか聞いてみるも

昔の事で覚えていない・・・

店員さんはこれじゃないかと言うのでそれを注文。

というか、コースの中の1品に入れてくれたようだ。

それだったのかどうかはよくわからないが、ふわっとしてとってもおいしかった。

梅のソースをつけるともっとおいしい。

もちろん他の料理も全部美味しかったのだが、何年か前のしろふわ料理が

編集さんの1人はこれに違いないというものの、明確にこれだったと

言い切れないもやもやだけは残った。

何せ自分は当時食べていないのだから正解するはずがない。



という訳で会は終始この「白くふわふわ」した料理の話と何故かキャバクラの話が

メインであとは思い出話を少々。

ここの店員さんもすごく面白くてずっと笑いっぱなしだった。

お陰でノドがガラガラだ。



以前来たときは、ここでの食事後、面倒臭そうなママのいるスナックに入り

その後寂れたバーで3時くらいまで飲んで帰った記憶がある。

もちろん朝から原稿描いた。

そんな生活よくしてたな・・・

今はマネ出来ないので例の如く二次会は失礼させてもらいそそくさと帰った。

久しぶりに楽しかったな!

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浅草橋 馥香(フーシャン
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歴代の担当編集者方と湯島で『新年会』という名目で飲みに行く。

その前に11月にオープンした小学館の新社屋が見たかったので

久々に神保町に乗り込む。

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小学館には仮社屋が竹橋にあった時に1回行って以来で神保町に行くのは4年ぶりくらいになる。

大分昔、以前のビルが改装する前、受け付けは二階にあって、1階は守衛室みたいになっていた。

改装後守衛室だったところは受付になり新社屋になってからまた二階が受付になった。

エレベーターは入った扉の逆側の扉が出口になるシステムで一旦通路に出るのだが

編集部にたどり着くまで慣れないと迷いそうだ。

ビッグ編集部は机の位置が以前あったフロアーの端から真ん中くらいに移動していた。

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6階で編集長に挨拶後少しお話をして、5階に移動

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電動で上げ下げする会議用の机とか高額な椅子の自慢をいろいろ聞いた後

タクシーで湯島の中華料理店まで移動した。

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店が狭くベンチ式の椅子だったので一旦席に着いたら、トイレで立ったりするのが

面倒なスタイルだったためコートの中に入っていたカメラを取りに行くのが面倒で

料理の写真が撮れなかった。

小学館でデビューから担当してくれていたHさんは偉くなってしまい

歴代の担当さん達は皆編集長になった。

留美子先生やロドリゲス井之介さんの漫画に出てくる、

スペリオール時代編集長だったO島さんも来てくれ、

皆で最近の若い編集者はどうのこうの言っていたが、あなた方の若い頃

もっとはっちゃけていたでしょとつっ込みたかったよ、私は・・・

携帯なんかなかった当時、打ち合わせの時間を過ぎても

現れない編集を何時間も編集部の煙草臭い打ち合わせ用のデスクで待ったり、

とうとう現れずにデスクに置手紙を置いて帰ったり

年末の誰もいない編集部に何時間も待ったり・・・本当に本当に本当に苦労したあの当時が蘇る。

O島さんが、Hさんに叩き込まれて今のこやす珠世がいる、と言っていたが

本当は、オリジナル増刊時代にY野さんに鍛えられたと自分は思っているし、

相棒で名もない一作家を起用した、O島さんは勇者だと思っている。

まあ、多少なりとも編集者の頭の片隅に名を刻めた作家の一人と思いたい。

何だかすごい盛り上がって楽しかったが、犬が心配の為一次会で退散した。

お互い年を取り何だか感慨深い日になった。











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